布のはなしabout the japanese materials

「麻」のはなし 1linen,hemp,ramie

 

Exif_JPEG_PICTURE  大麻 古布 

「麻」の生地は、
現代の生活の中で、衣料・雑貨・インテリアなど、幅広い用途に使われています。
その生地の特性から、
使ううちに柔らかさが増して、手触りが変わっていくのが良い。
乾くのが早くて使いやすい。
布の素材感が美しい。等と称されており、
「麻」は人々に好まれている素材のひとつと言えるでしょう。

日本で「麻」と表記され、呼ばれているこの名、
実はいくつもの植物(素材)を総称した呼名です。
「麻」という言葉の正体は、それぞれ異なる植物から繊維質を取り出したものであり、
本当は異なる素材のことを、日本ではあまり意識せずに「麻」と呼んでひと括りにしています。

大した違いは無いだろうと切り捨てられてはそれまでですが、
異なるものには、それぞれの製法や生かし方があり、
それにまつわる文化や物語があり、
美しさの可能性もそれぞれに異なる土台を持っているはずです。

昨今 人々に親しまれている「麻」について、
そのものの正体へもう少し近づこうとすると、
そこには日本の染織文化が持つ、奥深い話を垣間見ていくことになります。
少しでもご興味をもって下さった方は、どうか続きへとお付き合い下さい。

追記
海外では、素材によって明確な名称が用いられることが普通だといいます。
例えば英語で「麻」と言おうとすると、それにあたるものが無いことに気付きます。

まずはここに、特に現代の日本で身近な「麻」を3点上げます。
これ以外にもアジア圏にはサイザル麻、パイナップル麻などがあります。
(「○○麻」とつくような植物は、幾種もあります。)

亜麻/ linen (リネン)
大麻/ hemp (ヘンプ)
苧麻/ ramie (ラミー)
(つづく)

「麻」のはなし 2hemp,ramie

 

代表的な「麻」の種類として、
亜麻/ linen 、大麻/ hemp 、苧麻/ ramie・china grass
を挙げましたが、
このうち、日本で古来から自生・栽培・製織してきたのは、
大麻と苧麻でした。

 

大麻はアサ科の一年草で、原産地は中央アジアから西アジア、西北ヒマラヤといわれています。
日本へは、おそらくシルクロードを通って、縄文創草期(約1万年前)には渡来したと考えられ、最古の出土品として、福井県の鳥浜貝塚から、大麻繊維の縄や編布(残欠)が確認されています。
それ以降にも、縄文や弥生時代の資料として、編布や織物の残欠が、複数出土されています。

 

苧麻は、イラクサ科の多年草です。外来種である説もあるそうですが、日本では本州から沖縄までの広い地域で育つ植物です。(現在でも自生しています。)
苧麻も、縄文晩期や弥生時代の編布や織物の残欠が、複数出土されています。

 

縄文、弥生、古墳時代までに、日本で衣料や道具等として利用されたと考えられている素材には、大麻、苧麻、赤麻(アカソ)、絹、藤、科(シナ)、楮(コウゾ)、葛などがあります。

中でも特に絹、大麻、苧麻は、出土資料の状態などから、主に衣料として用いられていた可能性が高く、点数も多いようです。(他の素材も、衣料として使用された可能性はあります。)

数多い自然素材の中から、衣料や生地として最適な素材が、この頃既に淘汰されていたという事かもしれません。

 

以降も、時代が進む中で、日本の麻布、大麻と苧麻は、日本特有の気候風土と文化の中で、利用され続けていきました。

例えば、奈良時代の染織品(正倉院宝物)の中にも、衣装や包布、地図の生地など、様々な用途や形態の麻布が遺されています。その数は、絹に次いで多いようです。

また、平安、鎌倉時代の文献や和歌、絵巻物などの創作物にも、麻布が生成りの生地や、柔らかな晒布など、用途に合わせて加工され、用いられていたことが推測できる記述が遺されています。
特に平安時代の染織資料は、現在殆ど遺されておらず、確認することができませんが、当時の彫刻や紙製の資料を観ると、きっと繊細な絹生地とともに、柔らかな麻布などが衣服に利用されていたのでは、と想像することもできます。

 

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〈写真、黄は大麻。白の晒布は苧麻又は大麻。生成りはおそらく大麻。〉
 

時代が進んで江戸時代、日本の麻布は技術と生産量で、最盛期を迎えていました。

原料の生産方法は勿論、糸の撚り具合、糸の素材の取り合わせ、織り密度などをはじめ、各地で競い合いながら、高い技術が発達していったようです。

江戸時代と聞くと、雅で豪華な小袖衣装が思い浮かびますが、そうした中にも、麻布に染めや刺繍を施した夏の麻衣装、帷子(茶屋辻染など)があります。
その帷子の生地、真っ白く晒した上布の最上級の品は、まさに『絹のように細緻』(『和漢三才図会』)であったといいます。
江戸時代の最上級の麻上布には、いまでも稀に出会うことができ、その手触りはまさに柔らかな絹、もしくは薄手の木綿布のようです。

このように、大麻や苧麻から上質な細い糸を績み、細緻に織り上げた布に手を加え、薄く柔かな風合いの上布が生産されていたことは、近年の研究で明らかになっています。

 
また、この頃に発達したと考えられる、麻織物の絣や型染めを行ったのは、日本の染織文化だけに見られる特徴です。(他国では、絹や木綿に、絣や木版染めを行っています。)

越後上布や奈良晒、近江上布などと共に、沖縄の豊かな染織文化のひとつ、八重山や宮古をはじめとする苧麻織物、沖縄の上布の素晴らしさも、忘れることができません。

 

このように、日本人の衣料として、絹・大麻・苧麻は主流の素材であり、さらに複数の靭皮繊維(麻を含む)が、衣料や生活道具に用いられてきたことは、古来から連綿と続いてきた、日本の生活様式でした。

そして、日本の染織技術は、稲作やその他の工芸的技術と同じく、初めは大陸から伝わったものでありながら、古来から続いてきた麻布の利用が、日本の自然環境や歴史的背景、そして独自の美意識により、他の何処にも無い、豊かな染織文化を作り上げました。

織物が織りあげられるまでの、途方もなく手間のかかる工程や、歴史的背景を思うと、複雑な気持ちにもなりますが、様々な要素を踏まえながら、日本の染織物の文化を、大事に辿っていきたいと思います。

(長くなりましたので、続きはまたいつか次回へ。)

 

*より詳しく、正確にお知りになりたい方は、お手数ですが様々な研究書をご確認ください。

今回の参考文献

『絹の東伝』布目順郎、1988年、小学館
『別冊太陽 日本の自然布』2004年、平凡社
『藍から青へ 自然の産物と手工芸』石田紀佳、2007年、建築資料研究社
『世界織物文化図鑑』ジョン・ギロウ、ブライアン・センテンス、2001年、東洋書林
『染織事典』中江克己、1981年、泰流社
『東洋文庫462 和漢三才図会5』1986年、平凡社

 

追記

亜麻(リネン)は、エジプト王朝時代(紀元前2800年頃)のシャツに似た上衣が、現存最古の亜麻布といわれ、古来から長い歴史のある素材です。エジプトやユーラシア大陸など、広い地域と文明で用いられてきました。
日本の風土には自生せず、用いられてきた歴史もありません。
明治以降、北海道や静岡では栽培したという記述を見たこともあるのですが、不勉強のため、教草はそれ以上の確認を怠っています。

 

白帷子

最近、縫い目を解いている晒布(さらしふ)の帷子(かたびら:夏の衣、
又は着物の下などに着た衣で、素材は苧麻、大麻、生絹いずれかの単仕立て)。

着物の形をほどき、布地が次の役へと繋がればと作業にとりかかりましたが、
縫い目を解くことをためらう程、細やかに仕立てられています。

この生地をよく見ると、経糸、緯糸ともに手績み(てうみ:人の手で、
原料である長い植物繊維をつなげていき、糸を作ること。
原料が木綿などの短繊維の場合には、績む〈うむ〉とは言わず、
紡ぐ〈つむぐ〉と言う。) の苧麻、もしくは大麻、の糸から成ることがわかりました。

時代は江戸から明治大正のもの。織り上げた生成りの布地を、
洗ったり天日に干したりして、柔らかく真っ白に晒した曝布(さらしふ)と呼ばれる布です。
当時の曝布は『絹の生地のように細緻』と江戸時代(1700年代)の書物にも記されています。

現代では薄く軽やかで、真っ白な苧麻(ラミー)の布地を、
紡績糸の機械織で安価に手にすることが出来るため、
白い麻の生地は、さほど珍しいものではないかもしれません。

ただ、人の手作業だけで極細の糸を績み、織り上げ、
人と自然の力だけで白く晒された布地は、それらとは全く異なる風合いを持っているように感じます。

苧麻 帷子

古いものの美、として眺めるだけでなく、上質な(過去の)日本の手仕事として、
もっと対峙していきたいと感じる染織品のひとつです。